ご報告
イシパタナ高校での挨拶
みなさん、こんにちは。私ははるばる日本からやってきました。今日は私がこれまでしてきたことをお話しさせてもらいます。
2004年のこと、私は東京大学で留学生の指導をしていました。一人はここにいるウダヤニ・ウェーラシンハさん、もう一人はスペインから来たアイムサ・カンポス=アルセイスさんで、二人ともスリランカでゾウの研究をしていました。
ところが、その年の12月にスマトラ沖地震が起きて、スリランカでも犠牲者が出ました。私たちは何かをしないといけないと思いました。それでウダヤニさんのご主人のパリタ・ジャヤセカラさんも合わせて、寄付金を集めることにしました。
私の友人の多くは研究者で、大企業の社長のような人はいません。ところが寄付をお願いすると、一人一人の寄付金額は小さいのですが、人数が多いので、想定しない勢いで寄付金が集まり始めました。そして、友達が周りに情報を流し、それを知った人がまた広げてくださり、多くの人は一人で何度も送ってくださいました。そして短い間に200万円を超えるお金が集まりました。そこでスリランカの大学の先生とも相談して、これを基金として、利子を教育支援に充てることにしました。そして留学生がゾウを研究していたということもありますが、「大きくて優しい」というイメージからその基金を「ゾウさん基金」と名付けることにしました。
この時私たちには不思議な出会いがありました。ドゥシマンタさんという人が孤児の家庭を訪問し、将来性のある児童を選び、寄付金を毎月手渡すという大変なことを引き受けてくださったのです。その範囲は広いので、基金でバイクを寄付しました。こうしてゾウさん基金が役に立つようになりました。
それから何年かが経ちました。2011年のこと、日本で大きい地震が起きて、津波が発生し、多くの犠牲者が出ました。その時、スリランカの孤児たちが手紙をくれたのです。そこにはこう書いてありました。
「私たちはお金を贈ることはできませんが、あの時みなさんにしてもらったように、真心を送ります」
これをいう時、私は喉の奥が熱くなりましたが、なんとか抑えました。でもそれをシンハラ語に訳すウダヤニさんはこらえきれず涙声になりました。私は壇上にいたのでよく見えましたが、何人かの女性の先生方が泣いておられました。
さて、ドゥシマンタさんは子供達を励まし、時には叱ることもあったようですが、そのおかげで全ての生徒が学業を終えることができました。
この体験は私の人生において実に特別のものとなりました。私のところにスリランカの学生が留学してきたこと、その時に津波が起きたこと、思いがけず多額の寄付が集まったこと、ドゥシマンタさという得難い人材がおられたこと、その一つ一つが奇跡のように思われます。
孤児の皆さんは私にお礼を言ってくれました。それは自然なことだと思いますが、私からすれば私こそ、大切なものを教えてもらったと思っています。それは人のことを信じることの尊さ、困った人のことを思いやる心、支援をしてもらったことに感謝する心、人は独りで生きているのではないと信じること、こういうことを私は日本の生活の中で忘れそうになります。そのことをこの体験は私に思い起こさせてくれました。このことは私の人生においても特別の体験になりました。
そのことに感謝します。ありがとうございました。